9月1日から大阪で個展を開催予定の藤本絢子さん。
今月で20号を発行しました隔月刊He-art(ハート)では、
記念すべき創刊号でインタビューをさせていただきました。
初めて個展に行かれる方も、そうでない方も、
作品をご覧になられる前の予習としてお読みいただけると、
同じ作品でも見え方が変わってくるかと思います。
(内容は、2012年6月発行号のものです)


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────────────《金魚が可愛いと思ってません》────────────

【He-art】金魚をモチーフにしたことの理由は…?

【藤本さん(以下敬称略)】最初はみずみずしい赤やコントラストが
美しいというイメージでしたが、その背景では、人間によって品種改良し
商品化された金魚は、その工程の中で華美な姿と引き換えに生命体として
どんどん脆弱になっています。
しかしその一方で、その「奇形」のようなものを愛好家は「生きる宝石」
と言って愛情を注いでいます。そのシステムや存在自体に興味を持ち、
4、5年ほど前から描き始めました。
人間との関係性も面白いし、金魚自体の面白さと造形的な美しさが自分の内面を
乗せやすいと思ったんです。
 

【He-art】金魚を奇形と言ったところに驚きました。

【藤本】デザイン的には「涼しげ・和・かわいらしい」イメージが多いですが、
私はそういった生々しさを感じる過剰に品種改良された金魚(琉金や出目金)
に惹かれます。金魚自体をかわいいものとは思っていないです。
「光と影」のモチーフとして、正確に言うと「金魚のような生き物」を描いています。
作品をどう感じてもらうかは観る人に委ねているので、金魚の作品自体はかわいい、
気持ち悪い、どちらにとってもらってもいいと思っています。

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【He-art】イメージはスケッチしているんですか?

【藤本】パソコン上でシミュレーションしています。
縮図を作って、細かく当たりをつけてから描いていってます。最後は勢いです。
だいたいの色の位置を決めるまでは、何回か試して描いていって、徐々に
描きこんでつぶしていく流れですね。


【He-art】オリジナルバッグも商品化しているんですね?

【藤本】同志社大学のアートオークションに出すという企画で一澤信三郎帆布さんに
提供頂いたバッグにアクリル絵の具で描いた一点物ですなので商品化はしていませんが、
ご縁があればいずれはテキスタイルなど違うメディアでも作品を展開していきたいです。
この作品は、京都の老舗筆屋さんにお買い上げ頂いたのですが、その後も私の展覧会に
いつも来て応援してくださってます。作品を買ってくれた方々とのご縁は有り難いです。

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────────────《小学4年生から個展に?!》────────────

【He-art】一番最初に絵に目覚めたのは? 

【藤本】天野喜孝(あまのよしたか)さんの絵を見た時です。
小学4年の時に、街で通りすがりに見て、「すごいな!!細かくてきれいな絵だな」
と思い、小学生4年生の頃から電車に乗って天野さんの個展を観に行くようになりました。
本物の作品をちゃんと観るようになった原点がこれです。物心ついた頃から、
図工が上手な子として周りに言われ育ってきて、幼稚園の卒業アルバムには
「芸術家になりたい」とも書いていました。


【He-art】幼稚園卒業してから、ずっと美術の道を?

【藤本】中学・高校では美術部でもなく、音楽が好きでバンドなどをして楽しんでました。
大学受験を考えた時、美大、芸大以外に行きたいところもなかったので、
どうせ行くなら関西で唯一の公立芸大の京都芸大を受けようと、
目の前の受験を必死に頑張ったら現役で入れて自分でも驚きました。
しかし大学に入ってから、周りとの差を感じ始めました。
入学当時は美大に入る事がゴールだったから、意識面でも周りと差があり、
すごい劣等感をもってしまいました。
遊びやサークル活動の面では楽しい学生生活を送りながらも、ずっと自分の中で
葛藤していました。
当時は綺麗な風景画を描いたりもしましたが、絵を他人に見せる勇気がなく
「こんなのでいいのか?」と思いながらやっていました。
大学4年の時、絵を続けるためには大学院に行くしかないと当時は思っていて、
進学するか描くことをやめて就職するか、迷いながら作品を作り、同時に就活も
していました。就活は今までやった事がないことがやれて、楽しかったですよ。
内々定までもらった時に「本当にこのまま絵をやめてもいいのだろうか?」
という思いが膨らみ、それと同時期にやっと「自分の絵」と思うものが描けたんです。
それが22歳の時。
そして結局内定をいただいたんですが、やっぱり大学院に行きたいと思い、
申し訳なかったのですが、すぐに辞退しました。

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────────────《初めての挫折で決心できた》────────────

【He-art】内定を辞退したということは 大学院に進学したのですね?

【藤本】いえ、内定を蹴ったけど、第一志望であった母校の大学院には落ちました。
その挫折が一番のターニングポイントでした。
それまで大きな挫折も特になく、無駄なプライドみたいなものもあったので衝撃でした。
しかし、ここで終わりたくない!ってすぐに思えました。それから迷いがなくなりました。
まず卒制に集中して、それが終わってからその先の事を考えようと思いました。
2008年に卒制の展覧会をして、それからここ(現在のアトリエ)が空き部屋だったので、
自分で改装し、描く場所を確保しました。
バイトをしながら、作品をつくれる環境を整えました。
卒制を見た人から「絵を買いたい」とか「グループ展をしてくれないか」と声がかかる
ようになりました。それが次の予定につながっていき描く理由ができてきたんです。
「やっていけるかもしれない」と光が見えてきたのはその時期です。

23歳の時に「大学院で学びなおすには、今しかないな」と思い、また大学院の試験を
受けようと考えました。
どこを受けるか迷ったとき、友達の話を聞いて「違う環境にいくのもいいな」とも思い、
色々考えた末二つの大学院を受験しました。
結局自分の母校は落ちましたが、京都造形芸術大学の院には合格したので、
そちらに行きました。

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【He-art】京都造形は設備も先生も豪華ですよね(笑)

【藤本】そうですよね。その環境をどれだけ活用できるかは人それぞれだと思いますが、
プロになるための自己投資と思って入学したので、有効活用できたし充実してました。
行って良かったです。


────────────《『画家』としてラッキーな事》────────────

【He-art】アマとプロの意識の違いはありますか? 

【藤本】卒業してからいろいろ出会いがあって、充実していました。
「プロになるためには」と常に考えながら動いていました。
26になって結果が求められる企画個展をする機会も頂き、それまでは、
「描きたいものを観てもらう」だけだったのですが、アートビジネスとしての領域も
垣間見れ、厳しい世界の始まりでしたが、おかげで鍛えられています。
葛藤しながら、やっていこうと思っています。
売れる絵がいい絵なのだろうか?と、アーティストなら一度はぶちあたることだとは
思いますけど、自分の表現したいものと商業的にも結果が出せるものをバランスよく
やっていく事に憧れを感じます。
その中でごはんを食べていく事がプロなんだとも思います。
 

【He-art】葛藤っていう言葉が多いですが、ストレス解消方法は?

【藤本】寝ます(笑)でも、それ以外の時間は絵を描いてないと怖いです。

【He-art】失礼ですが、画家として収入はどうですか?

【藤本】去年末(2011年末)まではバイトをしていました。
現在は賞をとったときの賞金や作品が売れたときの収入があります。
収入が全く無い月もあるので、貯金を切り崩しながら遣り繰りしています。

【He-art】画家としてスタートできた要因はありますか?

【藤本】実家にいれるのが重要な要因の一つだと思います。
実家の隣に身内が使っていた空家があったので、そこをアトリエとして使用しています。
卒業してからは場所と時間の問題で制作を続けられない人も多いんです。
私は親が応援してくれているので、その辺はとても恵まれています。
制作以外の事で悩まなくていい事は幸せです。
そういうことを考えて、一人暮らしは諦めて、活用できるものは活用しようと思いました。
昔は後ろめたさがありました。
世間との距離感もあります。劣等感や孤立感もあるけど、それ以上に制作をしたいのです。
意志が固まってくると雑音は聞こえなくなってきました。
最低1日10時間は描いて、自分のモチベーションを上げます。描いてないと怖くなるし、
この恐怖感は残ります。
何をおいても描かなきゃいけない状況にしていって、プレッシャーを利用しながら、
描いていくんです。

【He-art】想像以上に重圧がある職業なんですね。

【藤本】プロとしてやっている人はそうなのではないかと思います。
でも、普段はネガティブな事を作家としては公の場であまり言わないように心掛けています。
やはりアーティストは、ある種の憧れを持ってもらうべき職業だと思うので。



────────────《女性画家としての生き方》────────────

【He-art】『女性』と『若さ』も売りにしてはどうですか? 

【藤本】「若手女性アーティスト」というカテゴリーが作品を観てもらうきっかけに
なるならそこから始まってもいいと思いますが、一歩間違えれば「消費」されること
もわかっていますし、さじ加減を間違えたら、怖い方向に行くなと思います。
私はそこまで器用じゃないので、できれば絵を描くことだけに集中したいですが、
もちろん他にも広報のようなことや事務などやらなければいけないこともあって、
それだけで肝心の絵を描く時間がなくなってしまって「なにやっているのだろう」
と思う事もよくあるんです。
アーティストとして顔だけ売っても、作品がよくなかったら意味ないし、
自分から外へ発信していかないと作品がよくても多くの人に観てもらえない。
これからもこの葛藤は続いていくと思います。


【He-art】憧れのアーティストはいますか?

【藤本】女性なら蜷川実花(にながわみか)さんです。
商業的にも成功していらっしゃるし、メディアの露出も多く芸能人っぽく見られがち
ですが、親の七光りとか、女性とか、自分に向けられる批判とか、彼女は全部受け入れた
上で常に飄々と振舞って、苦労自慢のようなことは決してしないのが素敵だと思います。
作品面も、作家としての強さも憧れますし、何より自己プロデュース力がすごい。
自分で培ったプロ意識を無意識化まで落としているのもすごいと思います。
他に影響受けた人なら近年なら名和晃平(なわこうへい)さんです。
この方も自己プロデュース力がすごいと思います。


【He-art】学生さんに、プロの画家としてメッセージ・アドバイスをお願いします。

【藤本】厳しい事をいうのであれば、大学生って学費というお金でモラトリアムな
時間を買っている時期だと思うんです。
プライベートも充実させながら、その一方でちゃんと学校は通過点である事を常に意識して、
出てからの事を考えながら取捨選択をしていく事が大事だと思います。
学生という時期は限定的で特別な時間である事も意識した方がいいし、時間をお金で
買っているという事も意識した方がいいです。
多くの人の場合は親のお金で買っている時間ですし。
もっと意識したら大事に使えるのではないかと思います。


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1985年 大阪生まれ
2008年 京都市立芸術大学美術科油画専攻 卒業
2011年 京都造形芸術大学修士課程 芸術表現専攻洋画領域 修了

主な受賞歴
2009年 第7回三菱商事アートゲートプログラム 入選
     -以降第10回、第17回、第18回 入選
2010年 ALBION AWARDS 2010 銀賞受賞
2010年 第二回松陰芸術賞 (京都造形芸術大学学長奨励賞) 受賞