アーティストインタビュー 藤田典子さん【He-art】


藤田典子prf


 【He-art】銅版画をしようと思ったきっかけは何ですか?


【藤田典子】 
入学前は国公立の美大に入学することが目標だったので、
いざ大学の油絵科に入ってから何をしたいのかわからなくなりました。
受験時は合格するための絵を描いていましたが、入学してからは
自分の表現を追求しないといけないことに戸惑ったのです。
最初は油絵をやっていましたが、特にこんな絵が描きたいという
欲もなく過ごしました。
愛知県立芸大の油絵科は、油絵だけでなく版画でも彫刻でも
縛りはなくできます。
それぞれ専門の先生がいらっしゃるので興味のある人はその先生の所で
教えてもらうという感じでした。
2年生の時に版画実習がありました。
私は倉知比沙支先生の下で学んでいましたが『偏執的な行為の集積の先に
あるものを追求する』というテーマを渡されました。 
例えば、絵画的な要素にこだわらずに壁一面に×をひたすら書き続けるとか。
それを2週間位やり続け、その先に見えるものは何かという授業でした。
その中でニードルで描くエッチングの作品は細かい点や線の集積で出来ている
と教わり、これは私に合っているのではないかと思い、私一人だけ実習後も
そのまま版画を続けました。
筆を使ってキャンバスに描く油絵はどうしても一つの動作の単位が大きくなります。
この筆幅の間にももっと情報があるのに描けない、という葛藤があり、
そのタイミングで版画の授業があったのが幸いしました。
元々油絵よりデッサンのほうが好きだったので、たくさん手を動かして
コツコツ製作するほうが性にあっているのだと思います。

また、ニードルで描く点や線は非常に繊細で儚いですが、プレス機で圧を
かけて刷りとるのでインクが立ち上がり、物質的な重厚さもあわせ持っています。
細密描写はペンや面相筆などでも可能ですが、より細部まで表現できる
エッチング技法や直接支持体に描く表現とはまた違った版画の間接的な
特性が気に入って続けています。


CMnightmare
「nightmare」(一部分)  《2013年》 535mm  x 695mm
エッチング ED.15 「美系優秀」出品
 

細かい絵柄ですが全てを下描きするのですか?


いえ、全て描くわけじゃありません。
版に描くときは全体を意識せず、手元に集中しながらやっていくので
視野狭窄状態になります。
そのまま細かい所ばかりを見ながらやっていくと全体が均質化し過ぎてしまうので、
人物のシルエットや、暗くする所や明るく残しておく等、絵画の要素として
動かさない方が良いものは最初にガイドを作っています。
凄く細かい鳥の模様や卵の模様等はその時のアドリブですね。
版画は絵が逆になりますから、普通の紙に鉛筆で描いた下絵を反転コピーして
銅版の上に敷いてからなぞって線を移しますね。
一般的にカーボン紙を敷いてトレースしますが、私は線がハッキリすると
気になってしまうので使いません。



作品のテーマは何ですか?


私は一人っ子で、自分の世界に閉じこもって遊ぶことが多かったんです。
子供の頃からずっと頭の中で作り続けている空想世界があり、
私にとってそれは不確かで曖昧な現実世界よりも身近でリアリティのあるものです。
その中からワンシーンを抜き取って現実世界に置き換える様なイメージで制作しています。
現実世界は日々加速度的に情報やモノであふれていますが、その中で自分自身や
個のあり方はどんどん希薄化していっているように感じます。
私の作品の多くは顔の無い人物達が部屋や洞窟、塀の中などの閉鎖空間にいる
様子が描かれていて、それは空想世界に投影された、希薄化しながらも
日々生活を営む私たちのあり方を無意識的にテーマとして描いているのだと思います。

CMembriyo
「embryo」 2014年  エッチング  240×300  ED.20
 

妄想している空想の世界観とは?


生きているお城のような場所にさらわれてきて幽閉された子供たちが、
閉鎖空間の中でそれぞれ冒険や脱出を試みたり、力つきて消えていったり、
また追加でさらわれてきたり、といった群像劇のようなものです。
そこでは人間なのに鳥の卵を温めさせられたり、徐々に自我を失って
部屋に吸収されていったりと理不尽なことがたくさん起こります。
私達はいつの間にか生まれて自我を持ち、生活していくという現実を
当たり前に受け入れていますが、そうした強制的に与えられた人生の中で、
生きる意味を求めてさまよい、やがて朽ち果て、また生み出されるといった、
繰り返される人間の一生にある種の疑問や理不尽さを感じることがあります。
空想世界はそうした思いが織り込まれ、生み出されているのかもしれません。
 

cave
「cave」 2014年  リトグラフ  910×1167  ED.1


人間を真っ白にしている理由は?


人物のシルエットを白抜きすることで、空洞化する個、孤独さ、
匿名性の高まり、薄れていく自我などの表現につながっています。
絵画の構成要素としての側面もあり、一色一版刷りの場合、
白か黒(描く部分か描かない部分)しかないので、画面の中に
0(白)~10(黒)の間にのグレーの諧調をいかに豊かに描くかと
いうのを意識しています。
はじめに、最終的に最も白い部分となる人物の形を決め、全体的な
モノトーンのバランスや構図を意識して画面に配置し、描き込みの
ディテールに侵食されないよう輪郭線で囲い込みます。
そして白抜きの部分以外をディテールを連鎖反応させるように描き込みます。
最終的に画面は緻密に描き込まれた部分と何も描かない部分に二極化し、
互いを際立たせる結果になっています。
ただ、最初は脚が全部白だったけど黒を入れたいのでソックスを履かせる等、
試し刷りをして絵画的要素を見ながら変えていったりもします。
 

bedroom3
「bedroom3」 2011年  エッチング  350×350  ED.20


刷るところまで自分でしてるんですね?


はい。私の場合全作品のエディションが一気に完売することもないので、
売れたらその都度刷ってお渡しする形にしています。日を開けて刷ると
最初と最後の作品では刷り味が変わる場合があるので、本来は一度に
全部刷ってストックした方がいいと思います。
ただ、個人で全エディションを管理するのは温度や湿度の管理など
保存環境の面で難しく、紙が劣化するリスクがあるのでしていません。
お客様の立場になるとなるべく均一にした方が良いと思うのですが、
その時のベストであるのならそれも良いですね。



他の作家の作品は購入されますか?


版画は手の届く値段の物も多いので、憧れの作家さんや同年代で活躍されて
いる方の作品など勉強や刺激になりそうなものは購入し、飾っています。
エッチングは点や線といった単純な要素で構成されていますが、同じ手法
でも作家によって様々な表現があり、勉強になります。



いつから作家としてやっていきたいと意識しましたか?


版画を始めた時期は、大学を卒業して美術の先生にでもなろうかなと
思っていたくらいだったので、まさか版画作家としてやっていくなんて
思ってませんでした。
一つの作品を作るのには時間がかかるのですが、作っている間に
次の目標ができ、それが終わったらまた次にやりたいことができる
といった感じで、作品に引っ張られるようにして気づけば今に至っています。
スローペースですが頑張って結果を出していくしかないですね。



いままで貸画廊などで個展したことがあるんですか?


いいえ、自分でお金を払っての展示はしたことないですね。
大学4年生の卒制の時に、愛知県のデザイン事務所兼ギャラリーのような
所から声をかけて頂いて展覧会をしました。
その後は版画研究室がやっている企画展に出展したりして、大学院時代には
山田純嗣さんを通して不忍画廊さんを紹介していただき展覧会や、
アートフェアに出展させていただきました。当時は作家というのがよく分からず、
どうやってギャラリーに所属や取扱されたりするのか、どうやって収入になるのか、
また売り込みなどしなければいけないのか等、不安だったところでタイミング
良く声をかけて頂きました。
しっかり作品を作り続ければちゃんと見てくださる方はいると思いました。



学生の間はアルバイトをしましたか?


アルバイトはスポーツバイクのお店で自転車の販売を約6年していました。
環境を変えるのが苦手で、学生の間は版画制作とアルバイトにのみ集中しました。
学生の内は、制作が調子づいてくるとご飯を食べずに夜中まで没頭していたりして、
完成した時には屍状態になることも多々ありました。
しかし卒業後、仕事をするようになるとそうもいかなくなり、プロとしてやって
いくなら体調や生活の管理もきちんとしないといけないと思います。



(博士学位論文作品展をみて)展示方法は工夫されてますね?


細密版画はオーソドックスな展示方法が一般的ですが、博士学位論文作品展では、
様々な視点で作品を見て頂けるように工夫しました。
ただ額装して壁面にかけるだけではなく、入る時と出る時の変化をつけるために
作品を反転させたり、壁面に垂直に立てたり、切り刻んだ作品をボックスに入れて
レンズ越しに見せたり、同じ版でも一部をコラージュしたりし、鑑賞順に空想の
ストーリーが展開していくように設置しました。
動線を意識したり、視点に変化をつけることで、より深く作品内部に入り込んで
頂けるのではないかと思いました。
現代は何でもデジタルで出来て精度も高いです。
しかし人の手によって描かれた点や線が集積したときに生まれる美しさや不気味さ、
ざわめくような生命力には、社会を反映し多様化している現代の美術表現の中でも、
普遍的な存在感があると考えています。
手業による仕事というのはどの時代になっても価値があるというか可能性を感じる部分です。
現在は「版」の概念が広がり、革新的な作品を作られる方も多いですが、
細密版画のオーソドックスな文脈の中にありつつも、新たな表現を追求していきたいです。



大学のアトリエを出て以後はどうされるんですか?


実家は大阪ですが、今後も愛知県内に一軒家を借りたので、そこを住居兼アトリエにします。



将来アートでやっていく方にアドバイスなどあればください。


私の大学では学部生のうちに下地実習や木工実習など基礎的な授業が
たくさんあったのですが、それらをあまり真面目にやらないままそのうち作品を
発表することになり、色々な表現をしたいと思った時に、基礎をしっかり
やっておけば良かったと後悔しました。
学生のうちは凄く環境に恵まれているのに気づきにくく、何から勉強していいのか
迷いますが、焦らずにいま学べることをしっかり吸収をしておくことですね。
何か新しいことをやりたいと思った時に一から学ぶのは時間もかかるので若くて
エネルギーのあるうちにやっておくべきだなと思いました。
今勉強をしたいなと思っても大学を離れてしまうと情報を得るのも中々難しいし、
学部2、3年生の頃は元気も時間もあるので、自身の表現の追求の前に基礎を作る
ということを意識するといいと思います。


【乙画廊にて、藤田典子 個展『gigi』2016年5月23日(月)〜6月4日(土)開催】